聴覚障害者に関するニュース、聾(ろう)文化や手話に触れて興味深かった事などを綴っていこうと思います。






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手話で子どもたちと交流 オランダ訪問の秋篠宮夫妻
2009年08月26日 (水) | 編集 |
手話で子どもたちと交流 オランダ訪問の秋篠宮夫妻

オランダを公式訪問中の秋篠宮ご夫妻は25日夕(日本時間26日未明)、ハーグ近郊の聴覚障害がある子どもの施設「エファタ」を訪れ、子どもたちと交流された。

 紀子さまは施設訪問に先立つ22日、エファタで手話教育を担当するウィム・デベッツさんからオランダ語の手話について説明を受けた。

 ご夫妻は放課後の特別講座を受けていた3人の子どもに会い、「ようこそ」という手話を絵に描いた紙工作を受け取った。紀子さまは子どもたちにオランダ語の手話で名前や年齢を尋ね、秋篠宮さまも「ありがとう」を意味する手話で応じた。

 デベッツさんは「手話で語り掛けてもらい、子どもたちも喜んでいた。お会いできて良かった」と話した。

(2009/08/26 共同通信)
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手話で紡ぐ夢 29日、全国高校生コンに出場
2009年08月26日 (水) | 編集 |
手話で紡ぐ夢 29日、全国高校生コンに出場

 東京・有楽町朝日ホールで29日に開かれる「第26回全国高校生の手話によるスピーチコンテスト」(全日本ろうあ連盟・朝日新聞社・朝日新聞厚生文化事業団主催、NEC協賛)に県内から岡山学芸館高校3年、山本明珠花(あすか)さん(18)と、水島工業高校2年、太田隼平(じゅんぺい)さん(17)が出場する。全国から71人の応募があり、原稿とビデオによる審査で本選出場の10人の中に選ばれた。2人はそれぞれ「かなえたい夢」をテーマに、手話を始めたきっかけや将来の目標について発表する。(八尋紀子)

■国際交流に生かしたい/学芸館 山本さん

 ろうあ者の両親が手話で会話する姿を見て育ち、4歳ごろには「手話を教えて」と両親にねだっていた。しかし、小学生になると、手話をじろじろ見られたり、「手話を教えて」と頼まれたりするのが嫌でしようがなくなった。同級生と違うことはしたくない、目立ちたくない……。いつしか手話を習うことをやめ、使うこともなくなった。

 そんな気持ちが変わったのは、高校1年の冬から1年間留学したカナダで、山本さんの両親がろうあ者だと知った現地の小学生に手話を教えてほしいと頼まれたことだった。教えられるほどの知識はなく、その恥ずかしさから帰国後、母美千代さん(47)から再び手話を学ぶようになった。

 それから半年余りで果たしたスピーチコンテストへの出場。これまで何度も出場した英語のスピーチコンテストにはあまり関心を示さなかった両親も、今回は「いつから練習するの?」「先生は誰にお願いする?」と楽しみにしている。

 5歳のころから英会話を習い、中学の時に米国でホームステイし、高校では英語科に在籍する。国際的な英語力検定「TOEIC」は905点の高得点をマーク。夢は世界中を飛び回り、環境問題のドキュメンタリー作品を作ることだ。

 英語と手話の共通点は「人との出会いが広がることと、使えば使うほど身につくこと」と言う。コンテストでは「ろうあ者の国際交流」のタイトルで話す。「こわいから」と海外旅行をしたことがない両親に、いつか世界を見せてあげたい。

■障害者の不安除ければ/水島工 太田さん

 小学校に入るか入らないかのころ、テレビの手話ニュースを見て、「これは何をしてるの?」と母に尋ねたという。

 「耳が聞こえない人が手を使ってお話ししているの」

 母の説明に興味を抱き、小学4年で地域の手話サークルに入った。周りは大人ばかり。小学校の図書館で借りた手話の本などで、少しずつ勉強してきた。

 高校に入学した昨年からは、「もっと色々な人の手話に触れた方がいい」というサークル仲間の助言もあって、別の手話サークルにも参加。月に8日、雑談をしながら新しい表現や単語を身につけている。

 スピーチのタイトルは「バリアフリーと思いやり」。通学途中、電車の遅れを伝える構内放送を聞くたびに「聴覚障害者は何が起きているかわからず不安だろうな」と思う。手話サークルでも、健聴者同士の会話に入れない聴覚障害者に話しかけられず、もどかしい思いをすることがある。そんな経験を訴える。

 「聴覚障害者は非常ベルも聞こえない。そんな不安や寂しさを取り除くことは大切なバリアフリー。勇気を出して手話で話しかけたい」

 高校では電気科に在籍する。撮影機材など機械が好きで、中学から引き続いて放送文化部に所属し、コンピューター関係に進むのが夢だ。

 手話に夢中になった理由の一つは「手や顔の表情の豊かさ」。話し言葉との文法や言い回しの違いにもおもしろさを感じる。「僕の手話も岡山弁だと言われます。スピーチコンテストのある東京で通じるか心配です」と笑う。
(2009.8.25 朝日新聞)
聴覚障害者750キロの旅 理解訴えヒッチハイクで
2009年08月25日 (火) | 編集 |
聴覚障害者750キロの旅 理解訴えヒッチハイクで

 兵庫県や大阪府などに住む10?30代、約10人の聴覚障害者らがこの夏、神戸―東京間約750キロを徒歩とヒッチハイクで旅している。「一緒に笑いたいねん」を合言葉に、障害への理解を深めてもらおうと、行く先々の街頭でスピーチ。道行く人に「耳の聞こえない人と話したことがありますか」と声をかけている。

 10日に神戸を出発。会話が困難な人は手話で訴え、内容を訳して持参したスクリーンに映している。

 兵庫教育大大学院生の有井良枝さん(26)は「自信を持って『自分は違うんや』と伝えたい」と背中に「聞こえまへん」とプリントしたTシャツを着て参加した。メンバーは16日には大阪・難波で、周りの反応に合わせて分かったふりをしたり、笑いの輪に入れず寂しい思いをしたりした経験などを話した。

 山岸かな子さん(33)は反応に手応えを感じつつも、健聴者との間にはまだ壁があると感じた。街頭で聴覚障害者に対する印象を尋ねると「つらそう」「大変そう」といった答えが多かったためだ。「そんなイメージを壊すのも、今回の旅の目的」という。

 終着点の東京・厚生労働省には28日ごろ到着する予定。手話通訳やパソコンによる文字通訳の支援を、誰もが必要に応じて受けられるよう制度保障などを求めるつもりだ。

(2009/08/24 共同通信)
愛知県内初 聴覚障害者支援事業所が完成
2009年08月25日 (火) | 編集 |
愛知県内初 聴覚障害者支援事業所が完成

熱田の「ほっとくる」

 県内初の聴覚障害者支援事業所「ほっとくる」が名古屋市熱田区に完成し、完工式が23日、同区の健身会館で行われた。9月から利用が始まる。運営する県聴覚障害者協会の会員は60歳以上が半数近くを占めているが、地域のデイサービス施設には手話のできる人が少ないことなどから、昨夏以降、準備を進めてきた。

 ほっとくるは聴覚障害に対応できる専門機能を持つ介護事業所で、手話のできる職員やヘルパーらが常駐し、デイサービスなどが受けられる。

 関係者約100人が出席した完工式で、同協会の伊藤照夫会長は「手話で安心してコミュニケーションでき、生き生きと過ごせるよう機能充実に努めていきたい」などとあいさつした。

(2009年8月24日 読売新聞)
衆院比例で手話通訳 16の新たな表現誕生
2009年08月16日 (日) | 編集 |
衆院比例で手話通訳 16の新たな表現誕生

 左手の力こぶを右指でなぞったあと胸の前で両手を上下させる―。今年の夏は「政権交代」を示すこの手話を見る機会が増えそうだ。衆院比例代表の政見放送は今回から手話通訳が可能になり、16の時事用語の表現も生まれた。しかし、一部の国政選挙や知事選は手話付き政見放送が認められず、障害者団体は一層の拡充を求めている。

 総務省によると、衆院選で手話通訳が可能だったのは小選挙区のみ。候補者届け出政党が持ちこんだ手話や字幕付きの映像に限って放映を認めていた。

 比例代表は、放送を収録する全国8カ所で手話通訳士の確保にめどが立ち、公費で通訳をつけることが決まった。

 公示以降に放映される比例代表の政見放送には党首らも登場する。世相を反映する言葉や政界用語が飛び交い、日本手話研究所などが選挙のたび手話表現を決めてきた。

 今回は、ばらつきがあった「政権交代」の手話表現を統一。新たに「世襲制」「雇い止め」「蟹工船」「集団的自衛権」「弾道ミサイル」など16の表現をつくり、立候補者らの主張に対応できるようにした。

 手話表現の一部は、ニュースサイト「47NEWS」内の動画サイト(アドレスはhttp://www.47news.jp/movie/")で見ることができる。

(2009/08/14 共同通信)
手話で「ガンバレ」、両親に感謝込め 山梨学院大付主将
2009年08月16日 (日) | 編集 |
手話で「ガンバレ」、両親に感謝込め 山梨学院大付主将

 スタンドの両親が、拳を小刻みに振る。「ガンバレ」。親指を立てて応える。「頑張るよ」。夏の甲子園の山梨代表・山梨学院大付の主将で三塁手の羽田翔(しょう)君(3年)は、そうやって手話で両親と会話しながら試合を戦ってきた。14日、県岐阜商との初戦に臨む羽田君は、子どもの頃から手話で「声援」を送り続けてくれた両親に、全力のプレーで感謝を伝える。

 羽田君の父哲也さん(49)と母生子(いくこ)さん(52)は、ともに幼い頃、事故で聴力を失った。子どもは兄弟3人。哲也さんはソフトボール、生子さんはバレーボールを続けてきたこともあり、「いつもスポーツが話題の中心で、家族のきずなを強めてきた」(哲也さん)。

 末っ子の羽田君は、兄たちの影響で小学3年で野球を始めた。兄弟の試合や練習に両親は必ず駆けつけ、手話の応援を欠かすことはなかった。

 羽田君は、周りの目が気になることもあった。チームメートの前では見ないふりをしたこともある。それでも、両親は話しかけてきた。

 甲子園は家族の夢だった。長兄の直人さん(21)は05年夏、山梨学院大付の三塁手として山梨大会決勝まで進んだが、一歩届かなかった。羽田君は両親に手紙を書いた。

 「お兄ちゃんと同じ学校に進学させてください。絶対、お父さんとお母さんを甲子園に連れていくから」

 この夏、約束を果たした羽田君は、開会式では山梨大会の優勝旗を手にチームの先頭を行進した。その姿をスタンドで見守った生子さんは「立派だった」と目を細める。

 羽田君は「両親は何も言わないけど、大変な苦労をしてきたと思う。試合で最後まであきらめず向かっていく姿を見せて、今までありがとう、と伝えたい」と誓っている。
(2009.8.14朝日新聞)
酒井法子「蒼いうさぎ」手話ソング youtube動画
2009年08月14日 (金) | 編集 |
酒井法子「蒼いうさぎ」手話ソング youtube動画


この頃は私もけなげに手話を覚えたなぁ?。
【酒井法子逮捕】清純でさわやかな印象で活躍していたが…
2009年08月11日 (火) | 編集 |
【酒井法子逮捕】清純でさわやかな印象で活躍していたが…

 酒井法子容疑者はデビューから一貫して清純でさわやかな印象で活躍、まじめな仕事ぶりで好印象が定着していた。

 昭和62年に「男のコになりたい」で歌手デビュー。この年、「夢冒険」が第60回春のセンバツ高校野球大会の入場行進曲に選ばれた。

 世代を超えた人気を確立したのは、7年のドラマ「星の金貨」(日テレ)。耳と口が不自由なヒロイン役で、全編手話だけのストーリーで記憶喪失の恋人との純愛物語を演じるため、プロから手話の特訓を受けた。手話レッスンのビデオを取り寄せ、自分だけで練習にも励んだ。指導の担当者が「すごい上達ぶりで驚いた」と舌を巻くほどで、収録の合間に手話で雑談ができるようになった。

 通常のドラマには苦労の連続でも「体で覚えるのは好きなので勉強は全く苦になりません。数ある言語の一つだと思うようになった。いずれはボランティアをできるくらいになりたい」と語るなど、難役にも真面目に取り組む姿が多くの人の共感を得た。主題歌「碧いうさぎ」はミリオンセラーとなり、デビュー9年目の7年にNHK紅白歌合戦に初出場を果たした。

 10年には、高相祐一容疑者と結婚、翌年、長男が誕生。最近は「家族は恋人」のキャッチフレーズの自動車のCMに母親役で出演していた。

(2009.8.8 MSN産経ニュース)
近づく裁判員制度 障害者支援態勢に残る不安 地裁『必要に応じて対応』
2009年08月04日 (火) | 編集 |
近づく裁判員制度 障害者支援態勢に残る不安 地裁『必要に応じて対応』

 昨年末、栃木県内の聴覚障害者の男性宅に、裁判員候補者に選ばれたことを知らせる通知が届いた。裁判員になったら手話通訳は付くのか問い合わせようとして驚いた。「電話番号しか載っていない。耳が不自由なのに…」

 裁判員制度では、職務執行に著しい支障がないと判断された場合、障害者も裁判員に選ばれる。県内の関係団体は「社会参加の好機」と意欲を示す一方で「配慮には不安が残る」と口をそろえる。

 県聴覚障害者協会は二月、宇都宮地裁の裁判官を招き、勉強会を実施するなど意欲的に取り組んできた。ただ稲川和彦会長(50)は「目で情報を仕入れる聴覚障害者は一斉に話をされると発言者が分からなくなる。限られた時間でこちらのペースを考えてくれるか心配」と打ち明ける。

 聴覚障害者の場合、同地裁は障害の程度に応じ、とちぎ視聴覚障害者情報センターを通じて手話通訳士を手配する。同センターの原村昭一所長は「手話通訳は交代で行い、最低二人は必要。県内に手話通訳士は約十五人いるが、大半が兼業。報酬額もいくらになるのか分からないし…」とやりくりに頭を悩ませる。手話ができない中途失聴・難聴者に文字で通訳する要約筆記者は刑事裁判の経験者がいないという。

 視覚障害者の場合、書面や図などは点字翻訳か音声読み上げが必要になる。同地裁は「証拠書類を読んでもらうことは原則、想定していない」とするが、県視覚障害者福祉協会の須藤平八郎会長(64)は「資料を読む必要があるのかないのか、あるとすればどんな配慮があるのか、地裁から説明がなく、広報が不十分」と指摘する。

 同地裁は希望者に裁判所の送付書類を点字翻訳し、拡大読書器や筆談器を用意するなど「できる限りの準備は進めてきた」とするものの、課題は山積しており「必要に応じて万全の対応をしていく」と理解を求めている。

(2009.8.4 東京新聞)
聴覚障害者らヒッチハイクの旅750キロ 10日から神戸→東京「健聴者と夏の思い出を」
2009年08月04日 (火) | 編集 |
聴覚障害者らヒッチハイクの旅750キロ 10日から神戸→東京「健聴者と夏の思い出を」

 聴覚に障害がある人たちが神戸?東京間の約750キロを徒歩とヒッチハイクで旅する計画を、兵庫県西宮市の障害者自立生活センター「メインストリーム協会」が進めている。宿泊は野宿かホームステイに限定。企画者で、自身も重度の聴覚障害がある職員の田中息吹さん(24)は「多くの人と接し、聴覚障害者はコミュニケーションができないというイメージを壊したい。健聴者と一緒に楽しい夏の思い出をつくりたい」と意気込んでいる。

 旅のタイトルは「WITH2009 一緒に笑いたいねん」。会話を手話や筆記などに頼らざるを得ない人たちが積極的に社会参画できるよう、広く障害への理解を求めるのが目的だ。

 今月10日にJR神戸駅を出発し、徒歩で大阪市役所や京都市役所などを訪問。その後、ヒッチハイクで東京を目指す。到着は28日の予定。道中のコミュニケーションを円滑にするため、会話を補助するボランティアも同行する。耳栓をつけた健聴者と一緒にフットサルをしたり、ホワイトボードを使った“合コン”なども計画している。


 また旅先では、各地の行政機関や学校を回り、自治体ごとの聴覚障害者に対するサービスの実態を調査する。同協会によると、障害者自立支援法で、自治体は聴覚障害者の生活を支援するサービスを義務づけられているが、手話通訳や要約筆記の派遣を決める基準には市町村ごとにばらつきがあるという。

 このため、ゴールを厚生労働省に定め、自分たちの足で得た調査結果を踏まえた要望書を提出し、サービス格差の是正などを求めていくという。現在、健聴者も含めて10?20代を対象に参加者を募集中。資金確保のための募金活動も行っている。

 同協会は平成元年11月に設立。障害を持つ高校生が討論する「障害者甲子園」を開くなどユニークな活動を続けてきた。今年4月からは協会内に聴覚部門を新設し、手話ボランティアの派遣業務なども行っている。問い合わせは同協会聴覚部門((電)0798・34・4955)。
(2009.8.3 MSN産経ニュース)
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