聴覚障害者に関するニュース、聾(ろう)文化や手話に触れて興味深かった事などを綴っていこうと思います。






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TBS:愛の劇場「ラブレター」 小豆島を舞台に描く さまざまな愛の形
2008年11月23日 (日) | 編集 |
TBS:愛の劇場「ラブレター」 小豆島を舞台に描く さまざまな愛の形

TBSは「愛の劇場」(平日午後1時)の40周年記念番組、「ラブレター」を24日から放送する。児童養護施設から小豆島(香川県)の里親のもとにやってきた耳の聞こえない少女、美波をヒロインに、15年間の成長の過程を通してさまざまな愛の形が描かれる。

 美波を演じるのは大人時代が鈴木亜美、中高生時代が山下リオ、小学生時代が松嶋友貴奈。3人とも手話や表情だけでの演技に苦労している様子で、山下は耳栓を付けて体感してみたという。鈴木は「目の動きなど表情の細かい部分まで気を配って演技している」と話していた。

 新井順子プロデューサーは「初恋や告白、キスなど、誰もが経験するドキドキする体験を丁寧に描きたい」という。主題歌はマイ・リトル・ラバーの新曲「音のない世界」。

毎日新聞 2008年11月22日 
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法廷へ 課題克服誓う地裁 
2008年11月21日 (金) | 編集 |
法廷へ 課題克服誓う地裁 

視聴覚障害者が裁判員になったら・・・
手話で声色どう伝達
見取り図説明に難しさ

 耳の聞こえない人や目の見えない人が裁判員に選ばれたら……。来年5月から始まる裁判員制度に向け、富山地裁はあらゆる場合を想定した準備を進めている。18?20日の模擬裁判では、初めて障害者が傍聴した。障害を理由にして裁判員候補から障害者を外すことは基本的になく、今回の傍聴で多くの課題が浮かび上がった。

 富山地裁1号法廷。一段高くなった裁判員席の横から、小中栄一さん(54)は裁判を見た。小中さんは県聴覚障害者協会の事務局長。自らも耳が聞こえない。通訳士の手話を通じ、被告人質問などを約1時間半、傍聴した。

 傍聴を終えた小中さんの第一声は「会話のテンポが速くて、ついていくのが大変だった」。裁判の大きな流れは理解できたが、手話で細かいやりとりを追うのは困難だった。手話では被告人の声色までは伝わらないため、「本当に反省しているのかどうか、判断が難しい」。

 手話通訳士も悩んでいた。今回は2人が15分交代で通訳したが「疲れて、細かいニュアンスに気を配る余裕がなくなった」。被告人質問や証人尋問は1時間近く続くこともある。「手が動かなくなり、2人で3日間を担うのは無理がある」という。県手話通訳士会の高道恵美子会長は「短い言葉でも、ニュアンスを表そうと意訳すると、自分の主観が入ってしまう。重要な証言で誤解を生むと大変なことになる」と不安を口にした。

 視覚障害がある県視覚障害者協会の塘添(とう・ぞえ)誠次さん(59)は、傍聴席で裁判を聞いた。

 裁判の最初にある冒頭陳述。検察側も弁護側も大型ディスプレーを使い、一般の裁判員に分かりやすい方法を目指した。だが塘添さんにはディスプレーが「一番分かりづらかった」。検察側は事件の現場を見取り図で表したが、裁判員に視覚障害者がいる場合は、言葉で言い換える工夫が必要だ。塘添さんは「図を説明する際の『これ』などの代名詞をいかに減らすかが大事」と指摘する。また、裁判員に配られる多くの資料の内容をどう伝えるかも大きな課題だ。

 今回の傍聴は、同地裁が10月に障害者施設を訪問したことがきっかけで実現し、障害者にどのような配慮が必要なのかを把握するのが目的だった。同地裁総務課の藤田一治課長は「今回分かった課題をもとに、検察や弁護士も含めて準備をしていかないといけない」と話す。

 初めて傍聴した小中さんは「裁判は難しいイメージを持っていたが、誰もが参加できるレベルと思った。人を裁くという場に、障害者も一緒に参加できるのは非常に大事なこと。課題はすべて克服できるものだと思う」と話した。
(朝日新聞 - 2008年11月20日)

聴覚障害者詐欺事件、初公判 会社経営者ら無罪を主張
2008年11月19日 (水) | 編集 |
聴覚障害者詐欺事件、初公判 会社経営者ら無罪を主張

聴覚障害者らを狙ったゲームソフト開発販売会社「ヴィヴ」による詐欺事件で、組織的犯罪処罰法違反(組織的詐欺)の罪に問われた「実質経営者」の浦壁伸周(のぶちか)被告(67)=東京都千代田区=ら6人の初公判が18日、大阪地裁であった。浦壁被告は「詐取の企ても共謀もしていない」と述べ、全員が無罪を主張した。

 検察側によると、浦壁被告らは06年7?8月、大阪市内などで説明会を開き、聴覚障害者らに「ヴィヴは毎月43億円の収益をあげる」「月8万6千万円が配当される」などとうそをつき、登録料名目で15人から計約800万円をだまし取ったとされる。検察側は冒頭陳述で、高額の配当は実現の見通しがなかった、と主張。登録会員は全国で5千人に達し、ヴィヴは約6億円の利益を得た、とした。

 一方、被告・弁護側は冒頭陳述で「ヴィヴはビジネスモデルを実現する組織。43億円は売り上げ予測で、入会しただけでは高額の配当はないと説明した」と反論した。
(2008.11.18 朝日新聞)
手話の大切さ、絵本で知って 帯広のろう画家 乗富さん出版
2008年11月19日 (水) | 編集 |
手話の大切さ、絵本で知って 帯広のろう画家 乗富さん出版

耳の聞こえない人の思いを表現する「デフアート」に取り組んでいる帯広のろう者の画家、乗富(のりとみ)秀人さん(39)の絵本「手話で生きたい」が東京の生活書院から出版された。ろう画家の絵本は国内では珍しい。乗富さんは青を基調にした独特の作品と文章で、ろう者にとって、いかに手話が大切かなどを訴えている。

 乗富さんは自分と同じ耳が聞こえない長男が生まれたのをきっかけに、ろう者への理解を進めようと二〇〇三年、それまでの風景画からヨーロッパなどで盛んなデフアートに移行。油彩の抽象画で心の世界を描き、帯広や旭川などで個展を開いてきたが、子供から大人まで、より多くの人に分かりやすく思いを伝えたいと、絵本を出版することにした。

 絵本には、これまで描いた作品から二十五点を掲載し、ろう学校の教育が「耳が聞こえないことは治すべき欠点」という考え方に覆われてきた歴史をたどった。昭和初期に、ろう学校から手話が排除された絶望感は、両腕がない人が後ろ向きに座る姿で描いた作品「我々(われわれ)は昭和八年一月二十九日を忘れない」で表現した。地球の上を手話を表す手の翼が飛ぶ作品「地球と私たちの約束」には、耳が聞こえる人とろう者が互いに多様性を認め、支え合う社会になってほしいという願いを込めた。

 乗富さんは「手話を禁止するろう学校は少なくなったが、手話で教育している学校は少ない。自分と異なるものを受け入れる大切さを知ってほしい」と話している。

 絵本はA5変型判四十ページ。千五百七十五円。問い合わせは生活書院(電)03・3226・1203へ。
(北海道新聞 - 2008年11月18日)
裁判員制度 健常者と「情報格差」、障害者の参加に課題  /神奈川
2008年11月18日 (火) | 編集 |
裁判員制度 健常者と「情報格差」、障害者の参加に課題  /神奈川

◇進まぬ資料の点字化、手話もモニターも「負担」
 来年5月スタートの裁判員制度に向け、目や耳に障害のある人が裁判員として参加する模擬裁判が今月、横浜地裁では初めて開かれた。公判資料の多くが視覚障害者向けに点字化されてはおらず、聴覚障害者は手話通訳と廷内モニターを同時に見なければならなかった。健常者の裁判員との「情報格差」が課題として浮き彫りになった。【池田知広】

 「だから、見ても分からない人がいますから」

 大島隆明裁判長が若手検察官に声を荒らげた。強盗傷害事件の模擬裁判(6、7日)。被害者の「右鎖骨部上腕部挫傷」というけがについて、裁判長が「口頭で分かりやすく説明して下さい」と言ったのに、「この部分です」と腕をさすったからだ。全盲のしんきゅうマッサージ師、志子田正浩さん(41)が裁判員席に座っていた。

 検察、弁護側とも口頭説明に力を入れたが、「資料を点字にしてもらえたら頭の疲れも少なかったと思う」と志子田さん。判決を決める評議で、他の裁判員5人は手元の資料を見ながら意見を言えたが、志子田さんは2日間の審理の記憶をたどるしかなかった。地裁は点字翻訳機導入を検討中だが、最高裁は「裁判員裁判は口頭のやりとりが中心なので、証拠書類の点訳は特に必要ない」という。

 耳が不自由な県聴覚障害者連盟理事、海老塚一浩さん(42)は放火事件の模擬裁判(13、14日)で、手話通訳を頼りに審理に参加。だが裁判長の判決読み上げが速くて追いつかず、通訳者が待ったをかける場面もあった。

 健常者が聞いて理解しやすいように、冒頭陳述要旨など重要な資料は廷内のモニターに表示された。海老塚さんは「手話とモニターを同時に見るのは非常に苦しかった」と漏らす。

 同時手話通訳した木村誠さん(54)も「内容を理解して初めて通訳できる。3日前から資料を読みっぱなしだった」と負担の大きさを語った。手話通訳を派遣する県内3カ所の情報提供施設も、こうした技量のある人を確保できるか不透明だ。

 裁判員法によると「心身の故障のため職務の遂行に著しい支障がある者」は裁判員になれない。例えば写真が重要証拠となる公判では視覚障害者は選ばれない可能性もある。海老塚さんは「障害者の参加権を、どう保障するかが重要」と指摘した。
(毎日新聞 2008年11月17日)
聴覚障害者の2人が米原で写真展
2008年11月17日 (月) | 編集 |
聴覚障害者の2人が米原で写真展

後間もなく聴力を失ったアマチュアカメラマン北村勝さん(63)=米原市賀目山=と、3歳で失聴した会社員安田稔さん(64)=同市加勢野=による写真展「二〇〇八秋 奥伊吹」が、米原市の甲津原交流センターで開かれている。音のない世界で60年以上を過ごしてきた2人の作品には、心で聴いた「四季の音」が収められている。24日まで。入場無料。

 安田さんと北村さんは、県立聾(ろう)話学校の先輩、後輩同士。卒業後も自転車で琵琶湖一周をするなど、交流を続けてきた。

 北村さんがカメラと出会ったのは印刷会社に勤めていた28歳のころ。障害に関係なく自身を表現できる手段として、国内各地や海外の自然を撮り続けて、2001年には写真集も出版した。

 一方、安田さんは06年に、北村さんの写真展を訪れたのを機にカメラを握り、米原市内の風景を撮り続けている。

 「耳が聞こえない分、目が何倍もその役割を担ってくれる」とファインダー越しに見つめる自然の色や光と影を感じ取る2人。

 会場には、日本の原風景が残る甲津原地区の四季の風景などを収めた54点が並ぶ。

 交流センターは会期中無休。問い合わせは同センター=電0749(59)0225=へ。
(2008.11.16 中日新聞)
「ベビーサイン」知ってる? 赤ちゃんと会話しよう 根気強さ養い、愛情はぐくむ
2008年11月13日 (木) | 編集 |
「ベビーサイン」知ってる? 赤ちゃんと会話しよう 根気強さ養い、愛情はぐくむ

■焦らず・あきらめず

 言葉を話せない赤ちゃんと、簡単なジェスチャーや手話でコミュニケーションをとる「ベビーサイン」って知っていますか。赤ちゃんが「眠い」「もっと食べたい」といった感情をパパやママに伝え、両親は感情を伝えられず泣く赤ちゃんに狼狽(ろうばい)していた育児ストレスを減らすことができるという。教える親の根気強さや、おおらかさを養い、ふだんから親子の愛情をはぐくむ術(すべ)としても期待されている。(中島幸恵)

 「げんこつ山のたぬきさん。おっぱい飲んで、ねんねして…」

 講師の女性が手遊び歌に合わせ、身ぶり手ぶりで親子に話しかける。母親たちも、ひざの上に乗せたわが子にほほ笑みかけながら歌に合わせて大きく手を動かす。赤ちゃんの視線はお母さんの手の動きを追いかけ、自分もまねようとする。

 今月2日、東京都内で開かれた、育児中の親を応援するイベント「パパ・ママ育児サミット」のベビーサイン体験教室。50組を超す参加者のほとんどは初心者だった。

 生後8カ月の長男を連れて参加した東京都小金井市の村上雄一さん(27)、淑子さん(25)夫妻は「サインを実践している先輩ママから、育児が楽になったと聞いて、自分たちもやってみようと思いました」と興味津々。サイン教室に通い始めて2カ月になるという横浜市の佐藤春恵さん(30)は、1歳の長女の手を引きながら、「(長女から)まだサインが出なくて、やめたくなるときもありますが、ママ友達と励まし合って教えています」と懸命だ。

 ベビーサインは1990年代半ば、米国の心理学者らの研究によって生まれ、日本では2000年以降、知られるようになった。

 普及活動に努めるNPO法人「日本ベビーサイン協会」(神戸市)によると、サインを始める月齢の目安は生後6?8カ月。お座りができて視界が広がり、自分の意思に合わせて手先を動かせるようになるからだ。大人の動きをじっくり見て、まねできるようになるので、サインに関心を持ち、覚えられるようになるのでは、と考えられている。

 サイン自体は子供と話すときによく使われるジェスチャーに手話を加えたもので、種類は「無限にある」(同協会)。ただ、1歳くらいまでは、「おっぱい、ミルク」「もっと(ちょうだい)」「ママ、パパ」など日常でよく使う10種類ほどしか使えないという。子供の発育に合わせ、教えるサインも徐々に増えるが、子供が話せるようになる2歳前後になると自然に使わなくなるという。

 同協会理事長の吉中みちるさん(40)は、平成12年に長男(8)が生まれたとき、夫の米国の友人からベビーサインのことを教えてもらい興味を持ったという。

 「赤ちゃんからサインが出るのに2?3カ月。初めは反応がないので親は焦ったり、あきらめてしまったりしがちですが、『本当に伝わるかな』といった親の懐疑心は子供に伝わっています。大事なのは、ふだんのかかわり方です」と言い切る。「子供の目を見てしっかり話しかけること。親が笑顔で楽しそうに子供に接することで、自然にサインが覚えられるのです」

 数十種類ものサインを自在に操っていたという吉中さんの長男は現在、小学2年。吉中さんは当時を振り返り、ベビーサインの効用をこう実感している。

 「大人に自分の気持ちが通じたことは、赤ちゃんにも大きな自信になるようです。子育てで多少、手こずっても、お互いに信頼感や安心感があるので、良好な親子関係が築けます」
(2008.11.13 産経新聞)
裁判員制度:障害者団体から聞き取り 不安や課題、把握??富山地裁 
2008年11月13日 (木) | 編集 |
裁判員制度:障害者団体から聞き取り 不安や課題、把握??富山地裁 

◇不自由しない支援方法検討
 来年5月に始まる裁判員制度で、視覚や聴覚に障害を持つ人たちが裁判員として円滑に参加できるようにするため、障害者側が抱く不安などについて、富山地裁が障害者団体から聞き取りを始めた。今月18?20日にある模擬裁判では、聴覚障害者に裁判員選任手続きや公判に参加してもらう予定。遅れていた障害者向けの準備作業がようやく本格化した。
 裁判員法は、「心身の故障のため職務の遂行に著しい支障がある者」などを、裁判員の欠格事由としている。公判で録音テープや図面による証拠調べなどが不可欠な事件以外、聴覚障害者や視覚障害者は原則、対象となる。
 このため、当事者からは、公判や評議でのやり取りについていけるか▽手話通訳や、外出を介助するガイドヘルパーなど支援態勢は整うか――などと不安の声が噴出。東京地裁などは、聴覚障害を持つ人を裁判員役に選び模擬裁判を開くなど準備を重ねている。
 県内では、県聴覚障害者センターが開いた研修会で、富山地検の職員が講義をした程度で、準備が遅れ気味だった。先月になり、地裁は、「視覚・聴覚障害者の現状を知り、裁判員裁判員に参加するために何が必要かを把握したい」と、視覚、聴覚障害者団体からの聞き取りを開始。制度に対する不安や、裁判員に選ばれた場合の課題などについて尋ねた。
 これに対し、県視覚障害者協会の二口信幸会長は「視覚障害者は見慣れない場所を歩くことに大きな不安を感じる。ガイドヘルパー費用の支援などが必要だ」と要望。県聴覚障害者センターの小中栄一施設長は「法律用語を解釈できる手話通訳者の確保が課題。大人数が加わる評議には複数の手話通訳者が必要ではないか」と伝えた。
 地裁は「視聴覚障害者が審理で不自由を感じないような支援方法を検討したい」と話している。
(2008.11.12 毎日新聞)
耳聞こえない男性が運転免許取得 改正道交法施行で 大阪
2008年11月12日 (水) | 編集 |
耳聞こえない男性が運転免許取得 改正道交法施行で 大阪

聴覚障害者の運転条件を緩和した改正道交法(6月施行)を受け、耳が全く聞こえない男性が「長年の夢だった」という車の免許を取得した。大阪市東住吉区の青木義信さん(65)は、教習所では途中でくじけそうになりながらも、聴覚障害者の両親を持つ指導員、島田真知さん(24)の励ましで乗り越え、念願の免許証を手に入れた。新車の軽乗用車も購入し、「大好きな釣りをしに遠出したい」と胸を膨らませている。

 9月1日、大阪市浪速区浪速西の芦原自動車教習所に、手話で合格を報告する青木さんの姿があった。

 〈合格しました。ありがとうございました〉

 島田さんは「本当に良かった」と自分のことのように喜んだ。道交法改正で免許が取得できるようになった重度の聴覚障害者として、大阪府内で初の快挙だった。

 合格までの道のりは、まさに二人三脚。青木さんが免許を取りたいと思ったのは約20年前、趣味の釣りに出掛けるのに不便だったからだ。〈車を運転できれば終電を気にせず四国や日本海まで遠出できる。クーラーボックスとか荷物の重さも気にならないでしょう〉

 重度の聴覚障害者に6月、ワイドミラーの装着などを条件に運転免許の取得が認められた。青木さんは手話ができる指導員がいる教習所を探し、島田さんに出会った。

 島田さんの両親は聴覚障害者。原付免許を取ろうとした母が、教習所で障害を理由にあきらめるよう言われ、泣きはらした目で帰ってきた様子を見て指導員を志した。青木さんに出会い、「母のような思いは絶対にさせない」と誓った。

島田さんは6月末から約2カ月間の教習で、救急車のサイレンが聞き取れない青木さんに、「目で周りの車の流れの変化を読み取って」などと熱心に指導。青木さんは〈耳が聞こえないので不安だったが、失敗しても、島田さんが『大丈夫大丈夫、ちょっとずつやってみ』と励ましてくれるので頑張れた〉と振り返る。

 晴れて免許を手にした青木さんだが、実際に路上に出て感じるのは全般的な運転マナーの悪さ。〈スピード違反も割り込みもみんなが普通にやっている。正直驚いた〉

 島田さんは「聴覚障害を持つドライバーは今後増えると思うので、健常者は周りと協調した運転を心がけてほしい」と訴えている。
(2008.11.12 MSN産経ニュース)
ろう重複障害者手作りの化粧品販売
2008年11月12日 (水) | 編集 |
ろう重複障害者手作りの化粧品販売

耳が不自由で、知的障害などもある聴覚・ろう重複障害者らの活動を支援しているNPO法人「つくし」(名古屋市守山区守牧町)で、障害者らが化粧品の製造に励んでいる。いずれも「手作り・天然香料」がウリ。つくしが運営する千種区高見1の喫茶店兼事務所「おれんじ」で、今月から店頭販売も始めた。

 つくしに通う障害者は手先が器用で集中力もあるため、より付加価値の高い商品を作ろうと、3年前から取り組んできた。作り方を研究する一方、製造販売に必要な薬事法上の手続きも準備。衛生的な作業場の管理や、製造工程や検査体制を整え、今夏、認可にこぎつけた。

 現在、製造するのはリップクリームやスキンクリーム、せっけん、入浴剤の4種類。20代から50代までの8人が、春日井市岩野町にある作業場で週3回、作業している。

 クリームは植物性脂肪のシアバター、みつろうにごま油をかきまぜ、ワックスなどで固さを調節。防腐剤を使わず、香料は作業場近くの畑で育てたシソやキンセンカを使っている。入浴剤は重曹にクエン酸、コーンスターチ、ハチミツなどを混ぜ、1回分ずつの固形にしている。

 これまで、作った商品はバザーへの出品がほとんどだったが、利用者からは「香りがきつくなくて良い」など好反応。安定した収益につなげようと「おれんじ」の店内に陳列し、150円から800円で販売している。

 つくし理事長の村上栄子さん(56)は「お客さんの反応を直接聞くことで何度も使ってもらえる商品にし、作る人たちの工賃や仕事場を増やしていきたい」と意気込んでいる。(問)おれんじ=電052(752)8203
(2008.11.12 中日新聞)
鈴木亜美、初主演「心に残るドラマに」
2008年11月11日 (火) | 編集 |
鈴木亜美、初主演「心に残るドラマに」

歌手の鈴木亜美(26)がTBS・MBS系の昼ドラ「ラブレター」(月?金曜、後1・00。24日スタート)で民放の連続ドラマに初主演することになり11日、都内で会見した。瀬戸内海の小豆島を舞台に、耳の聞こえない少女が大人へと成長していく姿を描いた作品。手話であいさつした亜美は、自らの初恋について「幼稚園の時、隣に並んだだけでドキドキした男の子がいた」と披露。「誰にも、人生の大切な、忘れられない思い出があるでしょうけど、心に残る忘れられないドラマになると思います」とアピールした。
(2008.11.11 デイリースポーツ)
手話、売り場で実践を 甲賀の盲ろう者らスーパーで研修
2008年11月11日 (火) | 編集 |
手話、売り場で実践を 甲賀の盲ろう者らスーパーで研修

 滋賀県甲賀市内の盲ろう者や支援者でつくるサークル「ふれんど」と同市の平和堂アル・プラザ水口店の合同研修会が10日、同店で開かれ、従業員らが手話などを学んだ。

 「ふれんど」は目と耳が不自由な盲ろう者が地域で暮らしやすくなるようにと3年前に県内で初めて発足した。研修会は3回目で、代表を務める伊藤聡子さん(35)ら県内の盲ろう者2人や支援者、同店の従業員ら約25人が参加した。

 従業員らは手話や筆談、手書き文字などコミュニケーション方法について講話を聞き、「いらっしゃいませ」「ご案内します」といった手話を習った。このあと実技で伊藤さんらとやりとりし、売り場での対応を学んでいた。
(2008.11.11 京都新聞)
避難・救助訓練:松山聾学校で火災発生想定 手話を使って児童ら救出 /愛媛
2008年11月07日 (金) | 編集 |
避難・救助訓練:松山聾学校で火災発生想定 手話を使って児童ら救出 /愛媛

◇消防隊員や住民ら一体で??215人が参加
 松山市馬木町の県立松山聾(ろう)学校(家藤武士枝校長、児童・生徒41人)で6日、火災の発生を想定した避難・救助訓練があり、児童や地域住民、松山市中央消防署の隊員ら約215人が参加した。手話を使った負傷者の手当てや、逃げ遅れた児童の救出など、本番さながらに活動した。

 訓練では、火災の発生があると教室内などにある赤いランプが点灯する仕組みで、教員らが手話で校内放送を訳し、児童・生徒に避難先などを指示した。

 また地域住民で組織する松山市消防団からは、手話を使うことのできる女性隊員3人も参加。負傷者役の児童らに「大丈夫ですか」「他に痛いところはありませんか」などと手話でやりとりをして、応急処置を施した。

 同校小学6年の後藤杏里さん(12)は「火災は怖いです。(救助をしてくれた女性隊員さんが)優しくしてくれて、落ち着くことができました」と話していた。

(毎日新聞 2008年11月7日)
ネコのあくび:音のない国
2008年11月06日 (木) | 編集 |
ネコのあくび:音のない国

<どうして私だけが通訳を自分で連れてこなければならないんですか>

 顔を赤くして耳の不自由な男性は言った。正確に再現すれば、そう言ったのは通訳であって、男性は手話で訴えた。通訳を連れてこなければ、自分で通訳を手配せざるを得ない理不尽さを伝えることすらできないのである。それは彼が話せないからではなく、私たちが手話を理解できないからなのだ。

 なんて話をすると、あなたはどう思うだろう。男性の気持ちはわからなくもないが、私には手話は必要ないし、学校で習ったわけでもない。必要な人が自分で通訳を手配するのは仕方ないじゃないか……。男性に抗議されたとき、その場にいた私たちはそんな気持ちだった。だれも口には出さなかったけれど。

 しかし、もしもあなたが<音のない国>に迷い込んだらどうなるだろう。

 聴覚障害の人たちが開いたシンポジウムに出たことがある。集まった約200人はほぼ全員が耳の不自由な人だった。控室で打ち合わせをした。みんなが手話でやりとりするのを私はじっと見ていた。3分、4分、5分……。クスッと一人が笑う。不安が募ってきた。話は盛り上がっているらしい。みんなが噴き出すと、私はいたたまれなくなってノートに書いた。

 <通訳はいないのですか>

 みんなキョトンとしている。私は腹が立った。手話を使えるのが当たり前だと思って、私のことなど眼中にないのだ。自分たちとは違う人の気持ちなんて考えようともしない。そう、いつだって私たちはそうなのだ。

毎日新聞 2008年11月6日
聴覚障害者社会参加促進/いわきで研究大会
2008年11月04日 (火) | 編集 |
聴覚障害者社会参加促進/いわきで研究大会

第59回東北ろうあ者大会兼東北地区手話問題研究大会は最終日の3日、いわき市のいわき芸術文化交流館アリオスで式典を行った。

誰もが生き生きと暮らすことができる社会の実現を目指していくことを確認した。

東北ろうあ連盟などの主催。

情報交換を図りながら聴覚障がい者の社会参加を促す目的で東北6県から聴覚障がいや手話通訳者ら約600人が参加した。

式典では聴覚障がい者情報提供施設の東北全県への早期設置と当事者による運営を目指す、など大会決議を採択。

県聴覚障害者協会長の石井静子大会実行委員長が歓迎の言葉を述べ、小野善邦東北ろうあ連盟長、櫛田一男市長があいさつした。

式典終了後に記念講演が行われ、漫画家の山本おさむさん(天栄村)が「手話・ろうあ運動・漫画」をテーマに話した。
(2008.11.4 KFB福島放送)
秋の褒章 1団体9人に / 緑綬(社会奉仕活動)「川之江手話サークルのぎく」
2008年11月03日 (月) | 編集 |
秋の褒章 1団体9人に

緑綬(社会奉仕活動)「川之江手話サークルのぎく」

 2日付で発表された秋の褒章で、県内では社会奉仕活動をたたえる緑綬に1団体、黄綬には3人、藍綬に6人がそれぞれ選ばれた。

 サークルの勉強会だけでなく、交流会やレクリエーションなどを通じ、聴覚障害者と関わりを重ねて27年。「(受章の報告に)メンバー全員がびっくりしました」と宇田栄子会長(49)=写真=は喜びを表した。

 1981年発足。現在、会員は女性を中心に20?70代の健聴者約30人。会社員や主婦ら職業は様々で、宇田さんは看護師。仕事の傍ら、週1回の交流会や初心者の手話教室を開き、総合学習の一環で市内の小学校を訪れて障害者の暮らしぶりを紹介。お花見やキャンプ、クリスマス会など年間100以上の活動も続け、手話技術の向上のために全員で全国手話検定試験を目指して猛勉強した。

 宇田さんは「長い間、多くのイベントなどを催してきたことが評価されたと思う。これからも皆で頑張りたい」と笑顔を見せた。

(2008年11月2日 読売新聞)
秋の褒章:県内から2団体12人 /新潟
2008年11月02日 (日) | 編集 |
秋の褒章:県内から2団体12人 /新潟


秋の褒章(2日付)が発表された。新潟県内では、社会奉仕に従事した2団体と、業務や公共の利益に尽くした12人が受章する。

 ◇「先輩たちのおかげ」??緑綬褒状・新発田手話サークル
 新発田市主催の手話講座に参加したメンバーが「もっと勉強したい」と設立した。講習会を中心に活動を続け、今年で発足31年。ほとんどが初心者から腕を上げ、15人ほどが市の手話通訳ボランティアを務める。7代目会長の小山洋子さん(56)は「取り組みが認められてうれしい。先代が築いた基盤のおかげ」と受章を喜んだ。

 会員45人は20?70代。聴覚障害のある農業、阿部清さん(39)は「講習会の後、みんなと喫茶店でコーヒーを飲む時間が一番楽しい。耳が聞こえる人と話ができて居心地も良い」とほほ笑む。

 手話は文字通り手を使っての会話だが、高校生から学ぶ会社員の石橋彩さん(30)は「一番大切なのは目」という。指先を器用に動かし、目元は話し相手の顔を見ながら驚いたり喜んだりと七変化。「目を見ながら話すというコミュニケーションの基本を手話で再発見できた」と話す。

 「聴覚障害者のコミュニケーションの幅が広がるようお手伝いしたい」。小山さんは共通の思いを持った仲間と、今後も変わらず活動していくつもりだ。
(2008.11.1 毎日新聞)


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