聴覚障害者に関するニュース、聾(ろう)文化や手話に触れて興味深かった事などを綴っていこうと思います。






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聴覚障害者が裁判員に=手話通訳で初の審理参加―前橋地裁
2012年02月01日 (水) | 編集 |
聴覚障害者が裁判員に=手話通訳で初の審理参加―前橋地裁

 前橋地裁で開かれている強盗致傷事件の裁判員裁判で、聴覚障害者の男性が裁判員に選任されたことが31日、分かった。男性は手話通訳者を介して審理に参加している。これまで補充裁判員に聴覚障害者が選任されたケースはあったが、審理に参加したのは全国初とみられる。

 31日は第2回公判があり、被告人質問や証人尋問が行われた。法廷には社会福祉法人から派遣された手話通訳者4人が配置され、約15分ごとに交代した。男性は机を挟んで向かい側に座った手話通訳者を見ながら、時折うなずいたり、メモを取ったりしていた。裁判官は被告や証人に対し、発言の際は曖昧な表現を使わず、質問の後に一呼吸置いてから発言することなどを求めた。 

[2012.1.31 時事通信社]
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耳が不自由な裁判員に手話通訳
2012年02月01日 (水) | 編集 |
耳が不自由な裁判員に手話通訳

前橋地裁で30日に始まった強盗傷害事件の裁判員裁判で、裁判員に選任された耳の不自由な男性のため、地裁が手話通訳を手配し、公判が行われている。


 31日には証人尋問があり、裁判官や検察、弁護側は通常よりゆっくりと話し、平易な言葉を使って審理した。

 審理されているのは、群馬県伊勢崎市で2005年、男性に4人で暴行を加え、現金約8万円入りの財布を奪ったとして強盗傷害罪に問われた元少年(25)の裁判。2月1日に結審し、判決は3日の予定。

 31日には共犯の男らに対する証人尋問が行われ、手話通訳が耳が不自由な男性の正面に置かれたイスに座り、4人が約15分交代で審理の内容を伝えた。弁護側は「易しい言葉を使い、理解しているか顔つきなどを見て声を発した」と話している。

(2012年1月31日 読売新聞)
今井絵理子「NHKみんなの手話」司会に
2010年03月31日 (水) | 編集 |
今井絵理子「NHKみんなの手話」司会に

 人気グループ、SPEEDの今井絵理子(26)が4月4日から「NHKみんなの手話」(日曜後7・0)の司会を務めることになり29日、東京・渋谷の同局で会見した。

 今井は08年、長男(5)に聴覚障害があることを公表。「体験を通して解説してもらえる」(井沢信司チーフディレクター)と6代目の司会に起用された。「ずっと見ていた番組に出演できてうれしい。たくさんの人に手話という言語を知ってほしい」と抱負。「最近息子がSPEEDのDVDを見ることにハマっていて『これママ歌ってる。うれしい、楽しい』って手話で会話しています」と母子の日常を語った。

(2010.3.30 サンケイスポーツ)
ろうあ者の被爆体験を韓国で上演へ 一宮の杉野さん、手話朗読で
2009年05月28日 (木) | 編集 |
ろうあ者の被爆体験を韓国で上演へ 一宮の杉野さん、手話朗読で

 ろうあ者の被爆体験を手話による朗読劇で演じている愛知県一宮市の舞台俳優、杉野実奈さん(35)が、6月10日に韓国・春川(チュンチョン)市で公演する。北朝鮮の核実験で平和や非核の概念が脅かされる中、日韓両国を隔てる歴史の溝を超えて、新世代の“語り部”として声なき声を演じ上げる。

 自然体でベッドに腰掛け、朗読テープが淡々と語る壮絶な体験談を、身ぶり手ぶりと表情を駆使して体現する。気持ちが高ぶり、喜びの場面でも目の奥には憂いが宿る。

 「何が起こったのかわからないまま空を見ると、だいだい色のような火の玉があって、雲のすき間から赤い光がパッパッともれています」(朗読文)

 戦後60年の2005年、既刊の写真集「ドンが聞こえなかった人々」を題材に、長崎で被爆した2人のろうあ者の女性を主人公とする同名の朗読劇を書き上げ、名古屋市などで上演。ろうあ者からも健常者からも反響は大きく、韓国の文化プロダクションの目にとまり、今月23日に出演依頼が届いた。初の海外渡航でもあり、寝る間を惜しみ自室のベッドで練習に打ち込んでいる。

 昔から人と話すのが苦手で、役者にあこがれながらも縁遠い存在だと思っていた。だが、専門学校で学んだ手話を生かし、京都府にあるろうあ者専用の福祉施設で働いたことが転機となった。

 入所者には読み書きができなかったり、精神障害を抱える人が多く、体中から「何かを伝えたい」というメッセージがあふれ出ていた。高齢の入所者の死に何度も立ち会ううちに「思ったことを表現できる人生を選びたい」と決意。25歳で退職して演劇を始め、10年になる。

 今回の作品も施設時代の経験から生まれた。高齢の入所者から毎日のように手話で伝えられた戦争体験。音が聞こえず鮮明な映像だけを記憶する彼らにとって、どれほど恐ろしかったか。寄り添って実感したからこそ、表現の幅が広がったと思う。

 演じるだけで平和が訪れるとは思っていない。韓国では「日本人の演じる戦争なんて」と、厳しい目で見られると覚悟もしている。

 だが、25日に北朝鮮が核実験を行ったとのニュースを見て、「誰かが伝え続けなければ」との思いを強くした杉野さん。「戦争で苦しみ、悲しみを味わったのはどの国の人も同じ。ろうあ者の声にならない叫びが表現できれば、言葉の壁があっても理解してくれると思う」。そう信じて舞台に立つ。
(2009.5.27 中日新聞)
DSで始めてみませんか「手話の森」
2009年05月13日 (水) | 編集 |
2009年6月 30日発売予定のニンテンドーDS手話学習ソフト『手話の森』。

手話単語のクイズ形式などゲーム感覚で楽しく手話を学べるとのこと。定価:¥ 5,040

http://www.s-f.co.jp/soft/ds/shuwa/

ためしに買ってみようかな?
ベストマザー今井絵理子が手話スピーチ
2009年05月11日 (月) | 編集 |
ベストマザー今井絵理子が手話スピーチ

歌手今井絵理子(25)が母の日の10日、第2回ベストマザー賞の音楽部門に選ばれ、都内で行われた授賞式に出席した。ママたちがあこがれや目標とする有名人を選ぶもの。手話をまじえて「まだ母親として4年目。笑顔の大切さを伝えたい」とスピーチした。聴覚障害のある4歳の長男を持つ。「息子や同じ境遇のお母さんたちへの感謝の気持ちを込めた」と説明した。ほか安田成美(42)らが受賞。
(2009.5.10 日刊スポーツ)
手話の大切さ、絵本で知って 帯広のろう画家 乗富さん出版
2008年11月19日 (水) | 編集 |
手話の大切さ、絵本で知って 帯広のろう画家 乗富さん出版

耳の聞こえない人の思いを表現する「デフアート」に取り組んでいる帯広のろう者の画家、乗富(のりとみ)秀人さん(39)の絵本「手話で生きたい」が東京の生活書院から出版された。ろう画家の絵本は国内では珍しい。乗富さんは青を基調にした独特の作品と文章で、ろう者にとって、いかに手話が大切かなどを訴えている。

 乗富さんは自分と同じ耳が聞こえない長男が生まれたのをきっかけに、ろう者への理解を進めようと二〇〇三年、それまでの風景画からヨーロッパなどで盛んなデフアートに移行。油彩の抽象画で心の世界を描き、帯広や旭川などで個展を開いてきたが、子供から大人まで、より多くの人に分かりやすく思いを伝えたいと、絵本を出版することにした。

 絵本には、これまで描いた作品から二十五点を掲載し、ろう学校の教育が「耳が聞こえないことは治すべき欠点」という考え方に覆われてきた歴史をたどった。昭和初期に、ろう学校から手話が排除された絶望感は、両腕がない人が後ろ向きに座る姿で描いた作品「我々(われわれ)は昭和八年一月二十九日を忘れない」で表現した。地球の上を手話を表す手の翼が飛ぶ作品「地球と私たちの約束」には、耳が聞こえる人とろう者が互いに多様性を認め、支え合う社会になってほしいという願いを込めた。

 乗富さんは「手話を禁止するろう学校は少なくなったが、手話で教育している学校は少ない。自分と異なるものを受け入れる大切さを知ってほしい」と話している。

 絵本はA5変型判四十ページ。千五百七十五円。問い合わせは生活書院(電)03・3226・1203へ。
(北海道新聞 - 2008年11月18日)
秋の褒章 1団体9人に / 緑綬(社会奉仕活動)「川之江手話サークルのぎく」
2008年11月03日 (月) | 編集 |
秋の褒章 1団体9人に

緑綬(社会奉仕活動)「川之江手話サークルのぎく」

 2日付で発表された秋の褒章で、県内では社会奉仕活動をたたえる緑綬に1団体、黄綬には3人、藍綬に6人がそれぞれ選ばれた。

 サークルの勉強会だけでなく、交流会やレクリエーションなどを通じ、聴覚障害者と関わりを重ねて27年。「(受章の報告に)メンバー全員がびっくりしました」と宇田栄子会長(49)=写真=は喜びを表した。

 1981年発足。現在、会員は女性を中心に20?70代の健聴者約30人。会社員や主婦ら職業は様々で、宇田さんは看護師。仕事の傍ら、週1回の交流会や初心者の手話教室を開き、総合学習の一環で市内の小学校を訪れて障害者の暮らしぶりを紹介。お花見やキャンプ、クリスマス会など年間100以上の活動も続け、手話技術の向上のために全員で全国手話検定試験を目指して猛勉強した。

 宇田さんは「長い間、多くのイベントなどを催してきたことが評価されたと思う。これからも皆で頑張りたい」と笑顔を見せた。

(2008年11月2日 読売新聞)
衆院比例代表選の政見放送に手話通訳を導入へ,総務省が告示案の意見募集を開始
2008年08月27日 (水) | 編集 |
衆院比例代表選の政見放送に手話通訳を導入へ,総務省が告示案の意見募集を開始

 総務省は2008年8月26日に,衆議院比例代表選挙における政見放送に手話通訳を導入するための「政見放送及び経歴放送実施規程の一部を改正する告示案」に対する意見募集を開始した。告示案は8月25日に発表したもので(発表資料),意見募集は9月24日まで行う。総務省は,「意見募集の結果を踏まえて速やかに告示を行う予定」としている。

 現在,政見放送に手話通訳を導入できる対象は,衆議院小選挙区選挙(持ち込みビデオ方式の場合)と参議院比例代表選挙に限られている。総務省は今回の制度整備によって,政見放送に手話通訳を付けることができる選挙の対象を拡大する。
(2008.8.27 ITpro)
熱帯びた「日本手話」での講義
2008年07月03日 (木) | 編集 |
熱帯びた「日本手話」での講義 

◇母語で学べぬ痛み共感
 聴覚障害があり、日本語と文法が異なる日本手話を主な母語とする「ろう者」の講師陣が、日本手話だけでろう者に大学レベルの講義をする初の市民講座が5月、日本社会事業大文京キャンパス(東京都文京区)で始まった。これまで日本手話で学べる場がなかった受講者たちの目は、真剣さと喜びで熱を帯びていた。講義に参加した私は、自らの「母語」で学ぶ権利について考えさせられた。

 講座は毎週金曜日午後7時からで、全10回。弁護士や洋画家など、専門分野の第一線で活躍するろう者が講師を務める。初回は、ろう者を巡る歴史の研究家、野呂一さんが、「戦前のろう教育と手話」を講義した。

 約40人が詰め掛けた講義室。講師は両手、両腕の動きに、笑顔やしかめ面など表情でアクセントを付けながら、次々に「言葉」を紡ぎ出していく。受講者は食い入るように講師を見つめる。無音の講義は約2時間。手を打ち合わせる手話の動作の音だけが静寂を破った。私はほとんど理解できず、外国に1人、放り出されたような気分だった。

 日本手話は、手話通訳などで目にする手話とは別の物だ。手話通訳で用いられる日本語対応手話は文字通り、日本語を逐語的に手話に「変換」する。一方、日本手話は聴覚障害者の間で自然発生的に生まれ、ろう学校を中心に広まったと考えられている。日本語とは文法や表現方法などが異なる。手の動きや形だけでなく、表情なども意味を持つ視覚的な言語だ。

 このため、日本手話を母語とする人が日本語を理解するのは容易でない。外国語の会話を、意味が分かるわずかな単語を「拾い聞き」して大意を推測するような困難がつきまとう。私はいくつかの日本語対応手話を知っているが、講義に全くついていけなかった。

 「ろう者は母語の日本手話で教育を受ける権利を奪われてきた。日本手話は日本語という多数派に脅かされてきた少数言語なのです」。講座を企画した日本社会事業大の斉藤くるみ教授(言語学)は指摘する。

 1920年代、欧米から有効な聴覚障害児の教育法として、相手の唇の動きを読み取る「聴覚口話法」が導入された。各地のろう学校のほとんどが口話教育を行い、手話全般の使用を禁じた。文部科学省特別支援教育課は「手話を禁じたことはない」と答えるが、子どもたちは、多数派の圧力にさらされていた。

 神奈川県から講義に出席した団体職員の仁木尚美さん(40)はろう学校時代、腕の動きや身ぶりで意思を伝えようとする度に、教師に指し棒で手を打たれた。「手を動かさないで、声を出しなさい」。耐えきれずに、小学5年で普通校に編入した。仁木さんのような例は珍しくない。近年は、不登校になったり、フリースクールに通うことを選ぶ子どもが少なくない。

 斉藤教授は「日本語社会に同化させるための教育方針が、ろう者が高等教育に進むのを阻む要因の一つとなっている」と指摘する。単純比較はできないが、文科省の調査(07年度)では、全日・定時制高校生の大学・短大への進学率が51%なのに対し、ろう学校高等部は16%にとどまる。

 口話の習得は容易ではない。かなりの時間を訓練に取られ、実際より数学年下の教科書を使わざるを得ない学校も多い。以前に取材したあるろう学校の高等部の生徒は、中学1、2年の数学を学んでいた。ろう者として初めて弁護士になった田門浩弁護士(東京弁護士会)も小学校時代、授業の内容が下の学年のものだった時期があった。「自分で問題集を買ってカバーしていた」と振り返る。

 日本では、日本語対応手話であっても言語とは公的に認められていない。このため、すべてのろう学校で学べるわけでなく、手話通訳を全く理解できない聴覚障害者もかなりいる。

 これに対し、海外では最近、手話に対する考え方の見直しが急速に進む。それを強く後押ししているのが、国連で06年12月に採択された「障害者の権利条約」。同条約は「手話は言語である」と定義する。スウェーデンは81年、世界で初めて手話を公用語と認定。法律で手話を言語と規定する国は数十カ国に達している。条約採択で、手話の価値は国際社会でより明確に認められた。

 国内では、全国の聴覚障害児と保護者が03年、日本弁護士連合会(日弁連)に人権救済を申し立てた。日弁連は05年、「国は手話を言語として認め、教育の中で正当に位置づけるべきだ」との意見書を文科省に提出したが、実現していない。政府は昨年、同条約に署名したが、外務省は「国内法の改正が必要かどうか関係省庁と折衝中。将来的に批准する意思を示した」と答えるにとどまる。

 「人生で初めて自分の力だけで受講し、最後まで理解できた」と興奮を隠さなかった仁木さん。私には、日本語で学ぶことは当たり前だった。音のしない講義室で、内容が理解できない孤独感から席を立ちたい気持ちにかられた時、母語による教育の機会を奪われたろう者の思いに気付いた。

 少しだけ想像してみてほしい。理解できない言葉による授業を強いられる自分を。ろう者の望みはそれほど大それたことだろうか。私にはそうは思えない。

毎日新聞 2008年7月2日
衆院比例選挙にも拡大 総務省が政見放送の手話通訳
2008年07月01日 (火) | 編集 |
衆院比例選挙にも拡大 総務省が政見放送の手話通訳

総務省は1日、参議院の比例代表選挙などで実施されている手話通訳付きの政見放送を、衆議院の比例代表選挙にも拡大することを決めた。公職選挙法に基づく実施規定を改正し、平成21年4月以降の衆院選から適用する。

 手話通訳付きの政見放送は現在、参院比例代表選すべてて実施されている。また、衆院小選挙区選では候補者がテレビ局に自分で撮影したビデオを持ち込む場合に限って放送している。

 これに対し、全日本聾唖(ろうあ)連盟など聴覚障害者の団体が、政見放送の手話通訳の対象拡大や字幕を付けるよう求めていた。

 ただし、手話通訳者の絶対的人数が少なく、都道府県ごとの手話通訳者数にばらつきがあることから、衆院小選挙区や参院選挙区、知事選などの選挙への拡大は今回は見送った。字幕についても技術的に難しいとの判断から検討課題としている。

 増田寛也総務相は1日午前の閣議後の記者会見で「国民の基本的な権利である選挙に臨む際、(耳の不自由な人にとっては)手話通訳は重要だ」と述べた。
(2008.7.1 MSN産経ニュース)
手話習いながら ろうあ者に空手指導 / 栃木
2008年06月15日 (日) | 編集 |
手話習いながら ろうあ者に空手指導 / 栃木

藤岡町内で空手を教える蛭沼の運送業野尻昇さん(40)は、ろうあ者らを生徒として受け入れている。本人も週一回のペースで手話サークルに通い、生徒らとコミュニケーションを図ろうと勉強中だ。

 ろうあ者との出会いは、高校時代にさかのぼる。宇都宮市内の高校に通っていた野尻さんは、バスの中で聾学校に通学する学生と知り合った。そこで会話の手段で手の形を文字に見立てた「指文字」の存在を知り、実践。卒業まで友人として付き合いが続いた。

 以来、二十年以上が経過。本人が週に二回、塾長として藤岡二中の体育館で指導する空手道場(闘心塾)に今年、耳の不自由な五歳の子どもが入門した。学生時代の知人を思い出した野尻さん。「この子と意思の疎通をしたい」と、すぐに町中央公民館の「手話サークルふじの会」(山岸可依代表)に入会した。

 約二カ月が過ぎた現在、あいさつなどの基本はマスターしたものの「手話は難しい。相手の表情から会話の流れを読み取ることも必要。まだまだ覚えることがたくさんある」と話す。

 また、持論は「ハンディがあっても空手は学べる」とし、武道を通して「差別や偏見のない社会づくりを訴えたい」という。

 現在は、耳の聞こえない仲間も新たに加入。「今年は聾学校で護身の基本を教えたい。将来は保護司を目指せれば」と目標を話した。
(2008.6.15 下野新聞)
黒川芽以 -主演ドラマ『私の恋と父』で手話に挑戦
2008年06月10日 (火) | 編集 |
黒川芽以 -主演ドラマ『私の恋と父』で手話に挑戦

女優・黒川芽以が9日、都内で行われたBS-iのスペシャルドラマ『私の恋と父』(7月7日放送 20:00?20:30)の記者会見に、プロデューサーの丹羽多聞アンドリウと共に出席した。

『私の恋と父』はカルピスにまつわる感動的な実話を元にしたテレビドラマ。昭和49年の日本を舞台に、聴覚障害者の父親と、家族思いの娘の物語が描かれる。このドラマで黒川は、手話で父親(国広富之)と心を通わせる娘の美也子を演じている。

黒川は「大切な家族の絆が描かれたドラマです。私が演じた美也子は、母親のいない家庭で主婦のような役割をこなす、しっかり者の娘です」と挨拶。全編手話で父親と会話するという難しい役に関しては「監督と意見をぶつけ合い役作りをしました。劇中の美也子の髪型も私から提案しました」と語った。また、ドラマの鍵となる手話に関して黒川は「撮影前に、手話の先生について練習しました。普段から身振り手振りで話す事が多いので、手話にはスムーズに入り込めました」と手話習得の裏話を披露した。

このドラマに隠されたもうひとつのテーマが乳酸菌飲料カルピス。プロデューサーの丹羽は「このドラマにも登場する手話の『恋』という言葉は、戦前のカルピスのポスターにあったストローをふたりで飲んでいるマークから出来ているんです」とカルピスと手話の意外な関係を明かした。

カルピスは「初恋の味」とも言われている。自身の初恋に関して黒川は「私の初恋はオレンジカルピス味です。オレンジが好きなので(笑)」とコメント。好みのタイプを訊かれると、「優しい瞳の人が好きです。そんな人が疲れて帰宅したら癒してあげたい」と笑顔を見せた。最後に黒川は「七夕にぴったりの夏らしい、どなたでも楽しめる作品です」と語り会見を終えた。なお、このドラマは、全編字幕付きで放送される。
(2008.6.10 マイコミジャーナル)
市民大学:日本手話で講義??きょう、文京 /東京
2008年05月16日 (金) | 編集 |
市民大学:日本手話で講義??きょう、文京 /東京

さまざまな分野で活躍するろう者が講師を務め、「日本手話」のみで講義をする市民大学講座が16日、日本社会事業大文京キャンパス(文京区)で初めて開かれる。将来は聴覚障害者のための世界唯一の大学、米・ワシントンDCのギャローデット大のような機関を目指すという。

 日本手話は、ろう者の間で自然発生的に生まれた「言語」。手の形や動き、表情や空間の使い方も文法として意味を持ち、ろう学校などで広まったと考えられている。

 一般的に手話通訳で用いられる「日本語対応手話」は日本語の文法に従っているが、日本手話は文法体系が異なる。このため、日本手話を「母語」として育ったろう者にとって、日本語は「外国語」で、理解しづらい場合がある。このため日本社会事業大の斉藤くるみ教授(言語学)らが「日本手話のろう者に母語で学ぶ権利を保障したい」と講座(計10回)を企画した。

 16日以降、毎週金曜日に開く。講座は「ろう者と裁判員制度」「舞踏?ろう者と踊り」??など。受講料は計1万2000円。詳細は斉藤教授の研究室(電話、ファクス兼用042・496・3161)。
(2008.5.16 毎日新聞)
関西学院大 人間福祉学部 手話を選択語学に
2008年04月16日 (水) | 編集 |
関西学院大 人間福祉学部 手話を選択語学に
90人履修 「理解深める機に」

 関西学院大(兵庫県西宮市)は今年度新設した人間福祉学部の語学科目(第2言語)に、英語やドイツ語、フランス語などと並んで手話を取り入れている。基礎的な手話をマスターすることで、ろう者とのコミュニケーションや理解を深めるきっかけにしてもらうことが狙い。同大学によると、必修の語学科目に手話が導入されるのは全国でも珍しい。


 講義で学ぶのは、幼いころからろうの人たちが自然に身につけ、ろう者同士の会話で使われる「日本手話」。他の語学との選択制で定員は6クラス90人。ろう者と手話通訳士の資格を持つ健常者の非常勤講師が講義を担当し、90分授業の前後半で入れ替わりながら指導する。他の語学と同様、春、秋学期ごとに試験があり、卒業には2年間で計8単位の取得が必要となる。

 同大学では総合政策学部の一般教養科目で、ろう者の文化や日本手話を学ぶ講義があるが、福祉分野で活躍する人材を育てる人間福祉学部の開設に伴い、「より時間をかけ、深く学べる言語科目として教えられないか」と検討。文部科学省に相談し、他学部で「第2外国語」としている表記を「第2言語」と改めたうえで取り入れることにした。

 同学部の入学者約320人のうち約90人が日本手話を選択。教務主任の松岡克尚准教授は「2年間で学べるのは基礎だけだが、異なる生活や文化への理解、どんな接し方が必要かなどを考える機会にしてほしい」と期待している。

(2008年4月16日 読売新聞)

 「第2外国語」ではなく「第2言語」と改めたところが、日本手話への意気込みが伝わりますね。
全国の大学にも広まってほしいですね。
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