聴覚障害者に関するニュース、聾(ろう)文化や手話に触れて興味深かった事などを綴っていこうと思います。






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聴覚障害者の交通事故被害 神奈川県警、手話通訳要請を放置
2011年08月15日 (月) | 編集 |
聴覚障害者の交通事故被害 神奈川県警、手話通訳要請を放置

 先月十一日午後、中原区井田中ノ町で、聴覚障害のある女性(48)=同区=が交通事故に巻きこまれた際、女性が県警の「メール一一〇番」や現場の警察官に手話通訳者派遣を何度も要請したにもかかわらず、要請が放置されていたことが十三日、分かった。聴覚や言語に障害がある人が事故などに巻き込まれた場合、県警の通訳センターが手話通訳を派遣するシステムがありながら、稼働しなかった。

 現場は片側一車線の県道。中央線を越えた対向車が、女性が運転する乗用車と接触した。中原署は事故相手の男性(71)を自動車運転過失傷害の疑いで書類送検した。

 女性は事故直後、県警の「メール一一〇番」に、計三回、「今、事故がありました。私は耳が聞こえません。手話通訳を派遣してください」と携帯から送信したが、「どうしましたか」という返信が来るだけで、手話通訳者は来なかった。現場に来た警察官にも、何度も手話通訳派遣を頼んだが、通訳は来なかった。

 取材に対し、中原署は「現場の警察官は手話通訳を派遣する制度を知らなかった」としたうえで「筆談と身ぶりでコミュニケーションは取れた」と説明している。

 一方、女性は「身ぶりで事故状況を説明しようとしたが、警察官が私の顔の前で手を振ったり、人さし指を口にあてて『しーっ』という身ぶりをした。圧迫を受け屈辱的だった。差別されたと感じた」としている。

 女性が所属するNPO法人「川崎市ろう者協会」が十二日、聴覚障害者の知る権利や発言する権利が奪われ、人権を侵害したとして中原署に抗議文を提出。手話通訳派遣制度の周知徹底などを求めた。同署は「おわび申し上げる」と陳謝したが、県警通訳センターの対応も問題化しそうだ。

(2011.8.14 東京新聞)
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手話通訳分かれた対応
2010年04月22日 (木) | 編集 |
手話通訳分かれた対応

傍聴者向け 各地裁は 立ったらダメ■傍聴券確保して・・・ 和歌山は「証言台そばで」

 「1年以上にわたる裁判、ご苦労さまでした」。9日、地裁で開かれた障害者自立支援法違憲訴訟の第4回口頭弁論。和解成立後、原告の労をねぎらい、高橋善久裁判長がかけた言葉を、手話通訳者が証言台のやや後ろから伝えていた。全国14地裁で起こされた同訴訟では、傍聴席には耳の不自由な人も多く、手話通訳は欠かせない。が、傍聴券の確保を求めたり、起立を禁じたりと、各地で対応が分かれた。

 和歌山訴訟原告の和歌山市北島、大谷真之さん(35)は耳が不自由ではないが、聴覚障害を持つ支援者もいる。昨年6月に開かれた第1回口頭弁論の前に、弁護団が、手話通訳者を入れると、地裁に申し入れた。

 従来、傍聴席側にパイプいすを置き、座ったまま通訳をしており、当初2回の口頭弁論では、前例を踏襲。第3回の事前協議で、法廷内からの通訳を求め、認められた。和歌山弁護団の長岡健太郎弁護士によると、前任の裁判長が快諾し、4月に赴任した高橋裁判長にも引き継がれたという。

 手話通訳を担当した県聴覚障害者情報センターの小薮恵美子さん(51)は「耳の聞こえない人は、全体を見ながら内容を理解する。裁判官や弁護士と、通訳者とを交互に視線を移していると、ストレスが大きく、話の流れが分からなくなる」と指摘。原告や被告、裁判官と同じ法廷内から手話通訳ができたことで、「とてもやりやすかった」と振り返る。

 ただし、和歌山での対応は、全国的に見ると少数派だったようだ。多くの地裁で、傍聴席側にパイプいすを置いて通訳した。

 東京地裁では、当初、傍聴席の固定されたいすに座って通訳するよう求められた。それでは、体をひねって傍聴者側を向く必要があり、無理な姿勢を長時間とらなければならない。昨年9月の第1回口頭弁論では、見やすいようにと立ち上がった手話通訳者が、一時、裁判所の職員に制止される場面もあったという。今年1月、改めて協議し、正式に立って通訳することが認められた。

 さいたま地裁では、手話通訳者も傍聴券の取得が必要だった。実際にはパイプいす席から通訳をするため、常に傍聴席に空席ができた。

 地裁によって対応が分かれるのは、手話通訳の扱いについて明確な規定がなく、裁判官の訴訟指揮の範囲となっているためだ。が、専門家からは、「そもそも、裁判官の裁量に任されるべき内容ではない」との声もある。井上英夫・金沢大教授(社会保障法)は「手話はコミュニケーションの一種で、人権として保障されるべきもの。裁判官が訴訟指揮で制約を加えるのは、傍聴人が騒ぐなど、進行の妨げになる場合に限るべき」と指摘する。

 「障害者が当たり前に暮らせるように」との思いから始まり、政府との和解に至った同訴訟。誰もが当たり前に傍聴できる裁判とは何かを議論するきっかけにもなってほしい。

(2010年4月20日 読売新聞)
NHK 「ろうを生きる 難聴を生きる」 4月4日放送
2010年04月05日 (月) | 編集 |
NHK 「ろうを生きる 難聴を生きる」 4月4日放送

2010年4月4日(日)夜
[再放送]9日(金)昼・11日(日)夜・16日(金)昼

聞こえない人と聞こえる人のかけはしに ?新潟・小池卓さん?

2010年3月、新潟市で「しゅわる映画祭」が開かれる。聞こえない人も聞こえる人もともに同じ映画を楽しんでも
らい、あわせて、手話に関心を持ち手話を使う(しゅわる)人を増やすことを目的にした、はじめての映画祭だ。
映画祭を企画したのは、手話の普及をめざして活動する団体・手話レクチャー「ハンズ」。代表の小池卓(すぐる)さん(31歳)が映画祭の運営委員長を務めている。小池さんは、小学生の時に自分が難聴だとわかった。聞こえないことでつらい日々を送ったが、その後、手話と出会い、その魅力を知り、「手話をもっと世の中に広め、聞こえない人と聞こえる人の壁をなくしたい」と思うようになる。そのために「ハンズ」でさまざまな企画にかかわってきた。映画祭もそのひとつだ。 「聞こえない人と聞こえる人のかけはしになりたい」と願う小池さんに、その思いを伺う。

小池 卓(すぐる)さん(NPO法人「しゅわるハンズ」代表)
佐藤 紘一(こういち)さん(ろう者 元そば屋の経営者)

(NHK HPより)
酒井法子「蒼いうさぎ」手話ソング youtube動画
2009年08月14日 (金) | 編集 |
酒井法子「蒼いうさぎ」手話ソング youtube動画


この頃は私もけなげに手話を覚えたなぁ?。
【酒井法子逮捕】清純でさわやかな印象で活躍していたが…
2009年08月11日 (火) | 編集 |
【酒井法子逮捕】清純でさわやかな印象で活躍していたが…

 酒井法子容疑者はデビューから一貫して清純でさわやかな印象で活躍、まじめな仕事ぶりで好印象が定着していた。

 昭和62年に「男のコになりたい」で歌手デビュー。この年、「夢冒険」が第60回春のセンバツ高校野球大会の入場行進曲に選ばれた。

 世代を超えた人気を確立したのは、7年のドラマ「星の金貨」(日テレ)。耳と口が不自由なヒロイン役で、全編手話だけのストーリーで記憶喪失の恋人との純愛物語を演じるため、プロから手話の特訓を受けた。手話レッスンのビデオを取り寄せ、自分だけで練習にも励んだ。指導の担当者が「すごい上達ぶりで驚いた」と舌を巻くほどで、収録の合間に手話で雑談ができるようになった。

 通常のドラマには苦労の連続でも「体で覚えるのは好きなので勉強は全く苦になりません。数ある言語の一つだと思うようになった。いずれはボランティアをできるくらいになりたい」と語るなど、難役にも真面目に取り組む姿が多くの人の共感を得た。主題歌「碧いうさぎ」はミリオンセラーとなり、デビュー9年目の7年にNHK紅白歌合戦に初出場を果たした。

 10年には、高相祐一容疑者と結婚、翌年、長男が誕生。最近は「家族は恋人」のキャッチフレーズの自動車のCMに母親役で出演していた。

(2009.8.8 MSN産経ニュース)
ろう者の母語知って=「東北でも学べる場を」?日本手話教室開校へ・仙台
2009年03月23日 (月) | 編集 |
ろう者の母語知って=「東北でも学べる場を」?日本手話教室開校へ・仙台

 耳が聴こえる人(聴者)が通常習得する「日本語対応手話」とは文法や表現方法が異なる「日本手話」を広めようと、仙台市の市民団体「みやぎ手話工房フロムハート」が、5月の手話教室開校を目指している。代表の工藤豊さん(47)は「多くのろう者が母語として使う日本手話をたくさんの人に知ってほしい」と意気込んでいる。
 日本手話は表情や口の形、まゆの上下などと手や指の動きを組み合わせて幾通りもの文章を表現する。日本語の語順に従い、単語ごとに手を動かす日本語対応手話と異なり、長い文章を簡潔に表現できるのが特徴だ。
 ろう者には、直訳型の日本語対応手話が別の意味で伝わるケースもある。「骨を折る」「目が肥える」という慣用句が「骨折する」「目が太る」と文字通りにとらえられ、「苦労する」などの意味は伝わらない。
 工藤さんが開校を目指すきっかけになったのは、自身の経験。幼児期に予防接種による高熱で右耳の聴覚を失い、20歳ごろから内耳の障害で左耳の聴力も減退した。聴者主宰のサークルで手話を習ったが、ろう者に通じないことにショックを受けた。その後、ろう者の野球チームに入り、日本手話を身に付けた。
(2009.3.23 時事通信)
県聴覚障害者センター:開所、手話の女性相談員常駐/山形
2008年10月02日 (木) | 編集 |
県聴覚障害者センター:開所、手話の女性相談員常駐??山形 /山形

 手話で聴覚障害者の相談に応じる県聴覚障害者支援センターが1日、山形市小白川町2の県小白川庁舎4階に開所した。聴覚障害者の支援施設は県内で初めて。

 平日午前8時半?午後5時、手話ができる女性相談員が常駐し、福祉制度や生活全般の相談に応じる。外出が難しい人のため、テレビ電話やファクス、電子メールでも相談に乗る。県障害福祉課や各市町村の窓口でも手話で相談ができるが、市町村によっては相談員が常駐していなかった。

 また、字幕入りの映画やドラマのDVDやビデオ、集会用のプロジェクターやスクリーンなどの貸し出しを同市緑町1の県聴覚障害者協会から引き継いだ。

 協会の小野善邦会長は開所を喜ぶ半面、全国39カ所の同様の施設には、話す人ごとに色分けした字幕を映像に付けられる機械を備えた施設が多いと指摘。「開所は聴覚障害者の環境整備のための第一歩」として、今後も県に支援を求める考えを示した。

 障害者手帳を持った聴覚障害者は県内に5002人(3月末現在)いる。

毎日新聞 2008年10月2日
「手の言葉で生きる」9月21日NHK教育テレビ22:00放送「ETV特集」
2008年09月17日 (水) | 編集 |
「手の言葉で生きる」
9月21日NHK教育テレビ22:00放送「ETV特集」

「私たちは“聴覚障害者”ではありません。“手話を使う人”です」
「手話」がどのような言語であり、「手話を使って生きる」ことがどのようなことなのか、私たちは本当に知っているだろうか。 じつは「ろう者」の人たちがネイティブに使う独自の手話は、「日本語」の文法とは異なった言語なのである。

神奈川県立平塚ろう学校、小学2年生の教室。小さな手をひらひらとさせて、5人の子どもたちが日本語の勉強をしている。幼いころから耳の聞こえない「ろう者」独自の手話で生きてきた子どもたちが、初めて日本語を習う教室である。カルタをとってひらがなを覚え、手話にはない「て・に・を・は」が分からず困惑する子どもたち。自身もろう者の加藤小夜里(さより)先生は、一つ一つ身振りと豊かな表情で子どもたちを導いてゆく。

日本のろう学校小学部で行われてきた「ろう教育」は、かつて手話を使うことを禁じ、「口話(口の形と発声を覚えさせる)」を行って「正しい日本語」を教えることを追求してきた長い歴史がある。ろう学校の教育内容が変化し、手話が使われ始めたのは最近のことで、まだ限定的であり、多くは日本語の語順に対応させた手話である。

番組では、加藤先生の教室で学ぶ子どもたちの半年間の姿を追った。ろう者同士が豊かにコミュニケーションする「手話」と、日本社会で読み書きし生活するために必要な「日本語」、二つの言語と格闘する子どもたちをドキュメントする。日本社会が手話をどう位置づけてきたのか、「手話」という言語を使う人たちと、私達がどのような社会を築いてゆくのかを考えたい。

語りは、女優の大竹しのぶさん。
(NHKホームページより)

聴覚障害の青年が主人公 映画「練習曲」
2008年08月12日 (火) | 編集 |
聴覚障害の青年が主人公 映画「練習曲」

スタッフ&キャスト
[監][脚][撮]チェン・ホァイエン
[音]リー・シンイー
[出]イーストン・ドン Saya ヤン・リーイン ダールン ウー・ニィエンジェン
[制作データ] 2007台/エスピーオー
[上映時間] 108分

上映館リスト
六本木: シネマート六本木

見どころ:2007年の台湾映画興収No.1に輝いたロード・ムービー。聴覚障害をもつ青年が自転車旅行を通して、台湾の現在に触れる姿を描く。主演は自身も聴覚障害をもつイーストン・ドン。

ストーリー:聴覚障害を抱える青年ミンは、大学卒業を控え、高雄から自転車で台湾一周の旅に出る。さまざまな人と出会い、そして、大切な祖父母との再会を果たした彼は、一週間の旅を通して、台湾の文化や歴史と現在を再発見する。

公式サイト  http://www.cinemart.co.jp/taiwan2008/index.html


ハイブリッドカーは視覚障害者にとって脅威
2008年08月05日 (火) | 編集 |
ハイブリッドカーは視覚障害者にとって脅威

   音をほとんど発しないハイブリッドカーが、視覚障害者にけがや死亡事故などへの深刻な脅威をもたらすとの見解を米国盲人委員会(ACB)が発表し、自動車産業および政府当局に対し危険性を減らす改善策を求めている。

 同委員会のMelanie Brunson氏によると、視覚障害者は従来、聴覚や触覚を頼りに周囲の様子を把握しながら行動している。特に自動車の音からは、位置、進行方向、加速度、走行速度などの情報を得て、安全な横断場所や道路であるかを判断しており、この音の手がかりないと、視覚障害者は深刻な危険にさらされるという。

 同広報委員長のRon Millman博士は「自分がつえを利用して一人で外出する視覚障害者であると想像してみてほしい」と述べる。「あなたは交通量の多い交差点を渡っている。近づいてくる車の音に耳を傾けるが、車はすべて止まっているようだ。ところが、突然ブレーキ音が聞こえ、ハイブリッドカーがほとんど音もなく数インチまで迫っていることに気づく。パニックに陥り、走らなくてはと思うが、どこへ走ればよいかわからない。このような恐ろしい状況に直面したとき、逃れる時間はない」

 しかし、このような危険性は視覚障害者に限られたものではないと同委員会メンバーのKaren Gourgey博士は指摘、「最近の研究によると、視覚に全く問題のない人でも、道路を横断する際に無意識に聴覚に頼っていることが明らかにされており、子どもや高齢者についてはいうまでもない」と述べている。同委員会を中心とする取り組みは功を奏しつつあり、先ごろ米高速道路安全局がこの問題について初めてのパブリックミーティング(一般説明会)を開いた。

(HealthDay News 7月21日)

聴覚障害疑惑 医師ら本格捜査へ
2008年07月28日 (月) | 編集 |
聴覚障害疑惑 医師ら本格捜査へ
 
札幌市指定医が作成した虚偽の診断書をもとに、北海道内の約800人が聴覚障害の「身体障害者手帳」を不正取得していた疑惑で、道警は28日、手帳取得者の一部が多額の障害年金を給付されていたとして、耳鼻咽喉(いんこう)科の前田幸?(よしあき)医師(73)と、手帳取得希望者を医師に仲介したとされる社会保険労務士(66)について、本格捜査に乗り出す方針を決めた。道警では、手帳取得者約600人については、「詐病」で虚偽診断書作成を依頼していたとみて任意で事情聴取する。

 道社会保険事務局によると、手帳取得者のうち、障害年金の給付を受けていた約100人が障害年金の受給資格がなかったことが判明している。手帳取得者のうち約9割が疑惑浮上後に手帳を返還しており、道警では、障害年金の不正受給を狙った組織的な犯行だった疑いがあると判断。身体障害者福祉法違反容疑で捜査を進めており、罰則がより重い詐欺罪の適用も検討している。

 札幌市は今年5月、前田医師の市指定医資格を取り消した。前田医師側は「患者の詐病を見抜くことができなかった」と主張している。

(2008年7月28日 読売新聞)
聴覚障害者夫婦のドキュメンタリー!! 7月23日放送、TBS系「水曜スペシャル?風の歌が聴きたい?音のない世界に生きる聴覚障害夫婦の16年」
2008年07月17日 (木) | 編集 |
聴覚障害者夫婦のドキュメンタリー!!
7月23日放送、TBS系「水曜スペシャル?風の歌が聴きたい?音のない世界に生きる聴覚障害夫婦の16年」

7月23日放送、TBS系「水曜スペシャル」(後6・55)は、ある聴覚障害者夫婦の姿を追ったドキュメンタリー「?風の歌が聴きたい?音のない世界に生きる聴覚障害夫婦の16年」をおくる。

 聴覚障害がある高島良宏さんと久美子さんはろう学校時代に文通で知り合い、1985年に結婚。2人は92年にトライアスロンと出合い、「障害があるからこそ克服できる喜びがある」と、人生を前向きに歩み始める。TBSではその年から彼らを追い続け、5年にわたって単発ドキュメンタリーを放送。2人には健聴者である息子の怜音(れおん)君も生まれ、育児に奮闘する様子も伝えてきた。

 それから10年余り。手話を使って、音のない両親の世界と音のある世界の橋渡し役を果たしてきた怜音君は13歳になり、思春期のせいか母の久美子さんを遠避け始める。助け合って生きてきた家族がバラバラになってしまったと感じた良宏さんは、家族の再生を願い、沖縄・宮古島へ家族旅行をしようと提案する。

 2児の母親であり、ナレーションを担当する高岡早紀は「育児では子供の声から状況を判断してきた私にとって、音のない世界は想像もできないです。そんな世界でも前向きなご夫婦の生き方、そしてたくましく育つ怜音君の姿に感動しました」と話す。

 全国に現在、27万6000人いるという聴覚障害者。番組では本編中に何度か無音状態を演出し、実際に音のない世界とはどういうものかを視聴者に体感してもらう。浦城義明プロデューサーは「音のない世界で生きている人がいることを再認識してもらうと同時に、家族のきずなをあらためて考えてもらうきっかけになれば嬉しいです」と期待を寄せている。
(インターネットTVガイド - 2008年7月15日)
捨て犬を聴導犬に育成 自立目指す若者と寝食共に
2008年06月21日 (土) | 編集 |
捨て犬を聴導犬に育成 自立目指す若者と寝食共に

年間10万匹以上が殺処分されている捨て犬を聴覚障害者の「耳」となる聴導犬に育てる施設「あすなろ学校」が5月、横浜市旭区に開校した。犬の訓練を担当するのは引きこもりなどを経験し自立を目指す若者たち。1期生の20代の男性3人が、保護された犬3匹とともに共同生活を送りながらトレーニングに励んでいる。

 設立したのは聴導犬や盲導犬、介助犬の普及を図る日本補助犬協会(東京)と韓国サムスングループの日本法人日本サムスン(同)。盲導犬は国内に約1000匹いるが、聴導犬は10数匹と少ない。協会は聴導犬を必要とする聴覚障害者を約1万人と推定。学校では年間10匹育成するのが目標だ。

 ニートや引きこもりを経験した若者の社会復帰の支援も目指す。入学資格は、厚生労働省の委託事業「若者自立塾」などの自立支援団体の出身者で、犬と関連のある仕事を希望する人。

 入学者は担当する犬と寝食を共にし、外出時以外は一緒に過ごす。ビジネスマナーの講座や臨床心理士によるカウンセリング、アルバイト体験もあり、半年間の訓練後は就労もサポートする。

(2008/06/21 共同通信)
世界ろうあ柔道で優勝 滋賀県警・山田光穂さん
2008年06月06日 (金) | 編集 |
世界ろうあ柔道で優勝 滋賀県警・山田光穂さん

滋賀県警警務課に勤務する山田光穂(こうすい)さん(26)=彦根市金沢町=が、5月にフランス・トゥールーズで開催された「世界ろうあ武道選手権」の柔道100キロ級で優勝した。日本人の個人優勝は29年ぶりの快挙。「壁に当たっても、頑張ればここまでできるんだ、ということを見てほしい」と喜んでいる。

 山田さんはロシアやアルゼンチンの選手ら5人との100キロ級リーグ戦に全勝して優勝。体重別の上位入賞者らが参加した無差別級でも3位に入賞した。

 得意の内またがよく決まったといい「思ったほど緊張しなかった。外国の選手は力があったが、自分の柔道ができた」と振り返る。

練習に励む山田さん=大津市で


 山田さんは乳児の時に高熱が原因で聴覚に障害が残った。両親の勧めで小学生の時に柔道を始め、近江高校に入学してから本格的な競技に取り組んだ。高校3年のインターハイでベスト16、進学先の龍谷大では副主将を務め、大学3年でも全国大会でベスト16に輝くなどの実績を持つ。

 県警に就職したのは警察官の兄の影響。聴覚障害のため警察官の夢はかなわなかったが、現在は警務課教養係の一般職員として機関紙の取材、編集を担当している。

 現在は彦根柔道連盟に所属し、近江高で週2回の練習を続ける。県警内の有力者を集めた特別訓練員と一緒に練習をすることもあり、訓練員とも互角に渡り合う。

 今回は日本ろう者武道連合から推薦を受けて出場した。来年9月に台湾で開かれる聴覚障害者のオリンピック「デフリンピック」への出場も有力視されている。「すべての障害者に、何事にも積極的に取り組んでもらえるよう、勇気を与えられたら」と意気込んでいる。
(2008.6.6 中日新聞)
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